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東京地方裁判所 平成9年(行ウ)220号 判決 1998年5月13日

主文

一  本件訴えをいずれも却下する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  被告が、東日本旅客鉄道株式会社に対し、平成九年六月一九日付けでした鉄道事業の一部廃止許可処分を取り消す。

二  被告は、原告に対し、二〇六万二四四〇円を支払え。

第二事案の概要及び争点

本件は、被告が、東日本旅客鉄道株式会社(以下「本件会社」という。)に対し、平成九年六月一九日付けで、信越本線篠ノ井駅(以下「篠ノ井駅」という。)から同横川駅(以下「横川駅」という。)の間の路線(以下「本件路線」という。)に係る鉄道事業(以下「本件鉄道」という。)を廃止することを許可する旨の鉄道事業の一部廃止許可処分(以下「本件処分」という。)をしたのに対し、本件処分に基づいて廃止された本件路線の沿線住民であった原告が、被告に対し、本件処分の取消しを求めるとともに本件処分によって原告が被った損害の賠償を求める事案である。争点は、原告が本件処分の取消しを求める訴えの原告適格を有するか否か及び被告が損害賠償を求める訴えの被告適格を有するか否かである。

第三当事者の主張

一  原告の主張

1  原告は長野県北佐久郡軽井沢町の住民であるところ、本件路線の沿線住民が一〇〇年以上にわたって本件鉄道を利用してきた利益は、法律上保護されるべき利益と解するべきである。また、本件鉄道を利用して通学する学童たちの通学の足が本件処分により分断されるという具体的な影響を被っていること及び本件処分により不利益を受けた者が多数存在することに照らせば、本件路線の沿線住民の個別的利益は法的に保護すべき利益というべきである。

被告は、運輸大臣として本件処分を行う権限を有する行政庁である。

2  被告は、平成九年六月一九日、本件会社に対し、本件処分を行い、本件会社は、同年九年三〇日をもって、本件鉄道を廃止した。

3  原告の長男は、平成九年九月当時、中学校二年生であり、群馬県安中市内に所在する学校法人新島学園(以下「新島学園」という。)に在籍しており、本件鉄道が廃止される以前は、原告の自宅の最寄駅である信越本線の中軽井沢駅から新島学園のある最寄駅である信越本線の安中駅までの間、本件鉄道を通学に利用していた。新島学園は、中学校及び高等学校の一貫教育を実施しており、原告の長男は、高校卒業まで新島学園に通学する予定である。

本件鉄道の廃止に伴い、篠ノ井駅から信越本線軽井沢駅(以下「軽井沢駅」という。)までの間は、第三セクターが、本件鉄道の施設を利用して、しなの鉄道と称する鉄道事業を行うことになったが、軽井沢駅から横川駅までの区間については、代替輸送として国道一八号線を利用してバス輸送が実施されることになった。しかし、軽井沢駅と横川駅の標高差は五五〇メートルもあり、交通事故、積雪及び濃霧による道路の通行止めや、冬期における道路の凍結などが起こる可能性があることからして、バス輸送は本件鉄道と比較して安全性、定時運行性が著しく劣り、代替輸送手段として利用できない。このため、原告の長男は、本件鉄道の廃止に伴い開業した新幹線を利用して、軽井沢駅から安中榛名駅に行くという方法で通学する予定であったが、同駅から新島学園までの交通事情の悪さのため、結局、新幹線を利用して高崎駅まで行き、同駅から安中駅まで信越本線を利用するという通学方法によることを余儀なくされており、原告は、右経路での通学定期の購入代金として一か月当たり四万六五七〇円の支出を強いられている。

鉄道事業法(以下「法」という。)二八条二項は、鉄道事業の一部廃止によって公衆の利便が著しく害されるおそれがあるときは許可をすることを認めていないところ、前述したような事情からすれば、本件鉄道の廃止が公衆の利便を害することは明らかである。

また、本件鉄道の沿線住民の代表たる議員によって構成される沿線自治体の議会の議決を経た合意文書がないことからすれば、被告は、本件鉄道の廃止にあたって、十分な審査を尽くしていないというべきであり、本件処分には手続的な違法がある。

4  本件鉄道の廃止によって、原告が被る損害は、本件鉄道が廃止される以前に原告が長男の通学のために支出していた一か月当たりの費用六一三〇円と廃止後に息子の通学のために支出を余儀なくされた一か月当たりの費用四万六五七〇円の差額四万〇四四〇円に原告の長男が新島学園を卒業するまでに通学を必要とする月数である五一か月分を乗じて算出した二〇六万二四四〇円である。

二  被告の主張

1  本件処分の取消しを求める訴えについて

行政事件訴訟法九条は、処分の取消しの訴えは、当該処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者に限って提起できるものとしている。そして、右法律上の利益を有する者とは、当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者をいう。

そして、法二八条二項にいう「公衆の利便」とは公共の利益を意味するものであって、それ以上に当該鉄道利用者個々人の利益を保護すべき趣旨を含むものではないから、個々人が本件鉄道を利用することによって受けていた利益は単なる事実上の利益であって、法律上保護された利益ではないというべきである。

したがって、原告及び原告の子が本件鉄道を利用することによって受けていた利益は事実上の利益であり、原告は、本件処分によって自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害されたものに当たらないから、本件処分の取消しを求める訴えの原告適格を有しないというべきである。

2  金銭の給付請求について

被告は、国の一行政機関にすぎず、権利義務の帰属主体ではないから、民事訴訟における当事者能力を有しない。したがって、本件訴えのうち、被告に対し、金銭の支払を請求する部分は被告適格を有しない者に対する不適法な訴えである。

第四当裁判所の判断

一  本件処分の取消しを求める訴えについて

1  本件処分の取消しを求める訴えについては、原告が原告適格を有するか否かが主たる争点となっている。

2  取消訴訟の原告適格について定める行政事件訴訟法九条にいう処分の取消しを求めるにつき法律上の利益を有する者とは、当該処分により自己の権利若しくは法律上保護された利益を侵害され又は必然的に侵害されるおそれのある者をいうが、当該処分を定めた行政法規が、不特定多数者の具体的利益をもっぱら一般的公益の中に吸収解消させるにとどめず、それが帰属する個々人の個別的利益としてもこれを保護すべきものとする趣旨を含むと解される場合には、かかる利益も右にいう法律上保護された利益に当たるというべきである。そして、当該行政法規の解釈にあたっては、当該行政法規及びこれと目的を共通にする関連法規の関係規定によって形成される法体系の中における当該行政法規の位置付けという観点からこれをなすべきである(最高裁判所判決平成元年二月一七日・民集第四三巻二号五六頁参照)。

3  法は、鉄道事業等の運営を適正かつ合理的なものとすることにより、鉄道等の利用者の利益を保護するとともに、鉄道事業等の健全な発達を図り、もって公共の福祉を増進することを目的とし(法一条)、鉄道事業者が鉄道事業の全部又は一部を休止又は廃止しようとするときには、被告の許可を受けなければならず(法二八条一項)、被告は、当該休止又は廃止によって公衆の利便が著しく阻害されるおそれがあると認める場合を除き右許可をしなければならない(法二八条二項)としている。

ところで、法二八条一項は、鉄道事業は他人の需要に応じて旅客又は貨物の運送等を行う極めて公益性の高い事業であり、地域住民の生活及び経済の基盤となるものであるが、その事業が事業者の経営に係るものであることから(法三条一項)、その休止又は廃止を被告の許可にかからしめ、同条二項において、「公衆の利便が著しく阻害されるおそれがあると認める場合を除き、前項の許可をしなければならない。」と規定して、公衆の利便の確保と鉄道事業者の利害の調整を図っているものと解されるところ、右許可の際の手続をみるに、被告は、あらかじめ運輸審議会に諮り、その決定を尊重して右許可に関する措置をしなければならず(運輸省設置法六条一項一〇号)、運輸審議会は、被告の指示若しくは運輸審議会の定める利害関係人の申請があったときは公聴会を開かなければならない(運輸省設置法一六条)が、右利害関係人の範囲を規定している運輸審議会一般規則(昭和二七年運輸省令第八号)五条は、免許の許可等の申請者、処分の対象者等の外に、運輸審議会が当該事業に関し特に重大な利害関係を有すると認めた者等を掲げるが、鉄道等の利用者は列挙されておらず、また、利害関係人以外の者による公聴会における公述も可能ではあるが、休止又は廃止対象路線の個々の利用者による公述が不可欠なものとされているわけではない(運輸審議会一般規則三五条ないし三七条参照)。

このように、関連法規の定めによれば、法二八条一項の許可は、休止又は廃止対象路線の個々の利用者の具体的利益をそれが帰属する個々人の個別的利益として保護すべきものとする趣旨を含むものと解することはできない。

また、法は、その目的において鉄道等の利用者の利益の保護を規定し(法一条)、鉄道事業者につき免許制を採用し(法三ないし六条)、鉄道事業者の事業基本計画等の変更(法七条)、鉄道施設の工事の施行(法八条)、工事計画の変更(法九条)、鉄道施設の変更(法一二条)、鉄道線路の使用条件、譲渡条件(法一五条)、運賃及び料金の決定及び変更(法一六条)、鉄道事業の譲渡及び譲受(法二六条)、鉄道事業の相続(法二七条)、鉄道事業者たる法人の解散(法二九条)をいずれも原則として被告の認可にかからしめ、列車の運行の管理等の委託及び受託(法二五条)、鉄道事業の休廃止(法二八条)をいずれも被告の許可にかからしめているほか、鉄道事業者がなすべき事項、してはならない事項、被告の鉄道事業者に対する監督権限等についての規定を設けており、これらの規定中には、輸送受給の均衡、輸送の安全、事業遂行能力、適正運賃、差別的取扱いの禁止等、鉄道利用者の利便に対する配慮が認められるが、これらの配慮も、法二八条一項の許可に際して、休止又は廃止の対象路線の利用者の個別具体的利益を保護すべしとするものではなく、法一条に規定する「鉄道等の利用者」も右各法規の適用により実施される鉄道利用者一般の公共的利益を指しているものと解するのが相当である。

4  以上のとおり、原告は、本件処分の取消しを求めるにつき法律上保護された利益を有する者には該当せず、本件処分の取消しを求める訴えにつき原告適格を有しないものというべきである。

二  損害賠償を求める訴えについて

本件各訴えのうち、損害の賠償を求める訴えについて、原告は、二度の補正命令にもかかわらず、被告に対し損害賠償を請求するとしているが、本件の被告である運輸大臣は行政庁であって、権利義務の帰属主体ではないのであるから、右訴えの被告たる資格を有しないのであって、右訴えは、被告適格を有さない者に対する不適法な訴えというべきである。

第五  結論

以上によれば、本件各訴えはいずれも不適法であるから、これを却下することとし、訴訟費用の負担について、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 富越和厚 團藤丈士 水谷里枝子)

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